そこそこ秋の深まる昼日中。
わたしこと佐伯桐枝は、兄である佐伯雁也に用事があったので広くない家を捜索していたら、兄妹で使ってる部屋で、こちらに背を向けて竹刀の素振りをしている兄を見つけた。
父親が大学教員といえど所詮リーマン、給料なんてたかが知れてる訳で、そこそこに広いが、結局は狭いアパートで暮らしている。
そんな家で素振りをしようものならどうなるか。答えは簡単、部屋に入れない、だ。
しょうがないので、部屋の入り口にもたれかかって、声を掛けた。
前哨戦 1
「ねぇ」
無視。
「にいさーん」
再び無視。
「かーりやー」
三度無視。
実は、やる前から予想はしていた。
兄がああして一心不乱に竹刀を振るっている時というのは、大抵悩み事がある時だからだ。そして、兄はそのモードに一度入ってしまうと、余程の事でもこちらがかまさない限りは、なんのレスポンスを返してくれない。
という訳で、入り口にもたれていた身体を起こしたわたしは、ひとつ行動に出る事にした。
すぅ、と息を吸い、軸足と狙いを定め、右足を勢い良く前へ――。
「ぐおっ?!」
素振りに集中し過ぎた為に、ものの見事にわたしの右足が背中にヒットした兄は、変な声を上げて膝をついていた。
「ねぇ、雁也」
兄が恨みがましい視線を送ってくる。あ、ちょっと涙目だ。強く蹴り過ぎたかしら。なんて暢気にしていたら、ますます視線の恨み辛みが強くなったので、本題を切り出すことにした。
「――勉強、教えてくんない?」
言った瞬間、兄はさっきまでの表情をくるりと変えてまじまじとこっちをみつめたり、わたしの額に手を当てて熱を測ったりとしてくれやがったので、今度は頭突きを喰らわせる事にしたけれども、さすがにこっちは、腹が立つくらいキレイに避けられてしまった。
――これは、中二の秋頃の話。
この時、わたしは行きたい高校を決めていた。
けれども、今までのペース、少なくとも二年前期までの成績では、面接で合否を決める前期入試を狙うにも、ちょっとばかし内申点が足りない。テストで合否を決める後期入試は完全に諦めていた。
一応部長をやっているので、それがプラスされる前期入試を狙う事にしたのだけど、そのちょっとばかし足りない内申点を上げるだけじゃなくて、万が一前期入試で落ちた時を考えて今から勉強をしておくのは悪くない。
訊けば、兄も同じ高校を迷っていた。迷いから素振りをしていたところに、わたしが同じ高校の受験を持ち出したので、腹は決まったみたいだ。
ただし、兄は愛想の無さを自覚しているので、完全に後期入試狙いらしいけれど。
ちなみに、兄の内申点もわたしと似たり寄ったりなのだけれど、こいつの場合は全く心配は要らない。
何せ、本来したっぱなわたしに勉強を教えて、わざと成績を落としている兄と同じくらいの成績に引き上げているのだ。
本気を出せば、軽く内申点は稼げる。本気を出せば。
問題は、わたしの理解力がどこまで追いつけるか、だ。
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